冬用タイヤへの交換時期になると、運送会社ではスタッドレスタイヤへの履き替えが始まります。

車両台数が多ければ、それだけ交換にかかる費用も時間も増えます。タイヤ専門店やディーラーへの予約が集中する時期でもあり、交換の段取りに苦労する会社もあるでしょう。

そこで、自社の車庫でタイヤ交換を行っている運送会社もあると思います。

しかし、ここで注意したいのが、タイヤの組み換えに伴う空気充填作業です。

タイヤ交換というと、ホイールナットの締め付けや脱輪防止に意識が向きがちですが、空気充填中にも死亡事故が発生しています。

厚生労働省の労働災害事例には、スタッドレスタイヤへの交換作業中、空気を充填していたトラック運転手が、弾け飛んだサイドリングによって死亡した事故が記録されています。

事故の直前、被災者は「リングが合わない」と口にしていました。

※サイドリングとは、タイヤをホイールに固定するための金属製の輪のことです。リング付きホイールでは、このリング      が正しくはまっていない状態で空気を充填すると、内圧によってリングが勢いよく飛び出す危険があります。

その数秒後、大きな音がして事故が発生しています。

今回はこの事故を取り上げ、なぜ死亡事故に至ったのか、タイヤの空気充填にはどのような法令上の決まりがあるのか、そして運送会社として何を確認すべきなのかを考えます。

1. スタッドレスタイヤへの交換中に起きた死亡事故

厚生労働省「職場のあんぜんサイト」に掲載されている労働災害事例No.696です。

事故が起きたのは、トラック5台を所有する土木工事会社でした。

会社事務所に併設された作業場で、トラック運転手3名が冬用タイヤへの交換作業を行っていました。

2名がタイヤの分解を担当し、被災者となった運転手がスタッドレスタイヤの準備と組み立てを担当していました。

使用していたのは、金属製のサイドリングを取り付ける構造のタイヤ・ホイールです。

被災者はタイヤにチューブとフラップを組み込み、リムにセットしてサイドリングを取り付けた後、コンプレッサーで空気を充填していました。

コンプレッサーのゲージ圧は9~11kgf/cm²、タイヤへの所定充填圧力は7~7.5kgf/cm²でした。

「リングが合わない」と言った数秒後

空気を充填している最中、被災者が「リングが合わない」と発言しました。

その数秒後、大きな音がしました。

周囲の作業者が確認すると、被災者が倒れており、タイヤチューブが破裂してサイドリングが飛んでいました。

事故の瞬間を目撃した人はいませんでしたが、厚生労働省の事例では、被災者がタイヤの上にしゃがんで状態を確認していた際、サイドリングが弾け飛んで被災したものと推定されています。

この事故で、運転手1名が亡くなりました。

ここで考えたいのは、事故直前の「リングが合わない」という言葉です。

被災者がどのような判断をしていたのかは分かりません。しかし、作業中に何らかの異常を認識していたことがうかがえます。

タイヤの組み付けに違和感がある。その状態で高圧の空気を扱っている。

この段階で安全に作業を中止できる手順と設備が整っていれば、事故を防げた可能性があります。

2. 厚生労働省が指摘した3つの事故原因

厚生労働省は、この事故について次の3点を原因として挙げています。

① サイドリングのかみ合わせ確認が不十分だった

サイドリングを取り付けた後、空気を充填する前に、リングがリムの全周にわたって確実にかみ合っているかを確認することが徹底されていませんでした。

リング付きホイールは、組み付けが不適切な状態で空気を充填すると、内圧によってリングが飛び出す危険があります。

目視で何となく確認するだけではなく、構造を理解した作業者が、適切な手順で組み付け状態を確認する必要があります。

② 安全囲いなどの飛来防止措置がなかった

事故現場では、サイドリングが飛散した場合に作業者を守る安全囲いや安全バーなどが使用されていませんでした。

これが重大な問題です。

どれだけ経験のある作業者でも、部品の破裂や飛散を人間の反射神経で避けることはできません。

異常が発生しても作業者に直撃しないよう、物理的に防護する設備が必要です。

③ コンプレッサーに圧力調整装置がなかった

空気圧縮機には、減圧弁などの圧力調整装置が設置されていませんでした。

タイヤの空気充填では、コンプレッサーから供給される圧力を、タイヤの種類や指定条件に応じて適切に調整する必要があります。

単に圧力計を見ながら空気を入れればよいという話ではありません。

圧力の管理と、破裂した場合の飛来防止措置。この両方が必要になります。

3. 私がこの事故で最も気になったこと

私は運送会社で27年間、営業、配車、運行管理、安全管理、ドライバー管理などに携わってきました。

その立場からこの事故を読むと、特に気になることがあります。

それは、タイヤ交換を担当していたのが、日常的にはトラックを運転するドライバーだったという点です。

もちろん、ドライバーだからタイヤ交換をしてはいけないということではありません。

問題は、その作業に必要な知識、教育、設備が整っていたかどうかです。

運送会社では、車両に詳しいドライバーが整備作業を手伝うことがあります。

「この人は機械に詳しいから」

「昔から自分でタイヤ交換をしているから」

「毎年やっているから問題ないだろう」

こうした判断は、現場では決して珍しいものではないと思います。

しかし、車両に詳しいことと、高圧空気を扱うタイヤ組み立て作業の危険性を理解していることは別です。

経験があるから安全なのではありません。

必要な教育を受け、適切な設備を使い、決められた手順で作業できることが重要です。

工賃を節約するつもりが、大きな経営リスクになる

タイヤ交換を外注すれば費用がかかります。

台数が増えれば、その負担も無視できません。

だからといって、工賃を抑えるために、十分な設備や教育のない状態で自社作業を行わせるのは、経営判断として考え直す必要があります。

死亡事故が発生すれば、失われるのは作業者の命です。

それだけでなく、会社は労働災害への対応、原因調査、再発防止、事業運営への影響など、多くの問題に直面します。法令違反が認められれば、刑事責任や民事上の損害賠償責任が問題となる場合もあります。

工賃だけを比較して、外注と自社作業のどちらが安いかを判断するのは危険です。

自社で作業するなら、必要な教育と安全設備を含めた費用で比較しなければなりません。

4. タイヤの空気充填には特別教育が必要

ここは運送会社の経営者や管理者に、ぜひ確認していただきたい部分です。

労働安全衛生法では、危険または有害な一定の業務に労働者を就かせる場合、事業者に特別教育を実施することを義務付けています。

タイヤの空気充填についても、労働安全衛生規則に対象業務が定められています。

対象となるのは、自動車用タイヤの組み立てに係る業務のうち、空気圧縮機を用いてタイヤに空気を充填する業務です。

自社のトラックだから、ドライバーだから、日常整備の一環だからという理由で、この義務がなくなるわけではありません。

特別教育は学科5時間・実技4時間

安全衛生特別教育規程第20条では、次の教育時間が定められています。

教育内容時間
タイヤ及びその組込みに関する知識2時間
タイヤの空気充填作業に関する知識2時間
関係法令1時間
タイヤの組込み(実技)2時間
タイヤの空気充填(実技)2時間
合計9時間

※法令上の対象業務に従事させる場合の教育内容です。教育の一部省略が認められる条件については、個別に確認が必要です。

なお、ここは誤解しやすいところですが、タイヤの空気圧を点検する行為や、装着済みタイヤへの通常の補充空気の作業まで、すべて一律にこの特別教育の対象となるわけではありません。

法令上の対象は、タイヤの組み立てに係る空気圧縮機を用いた空気充填業務です。

ただし、通常の補充空気であっても、高圧空気や損傷したタイヤを扱う危険がなくなるわけではありません。作業方法やタイヤの状態に応じた安全管理は必要です。

5. 安全囲いと圧力調整装置も法令上の重要事項

特別教育を受講していれば、それだけで安全に作業できるわけではありません。

労働安全衛生規則では、自動車用タイヤの組み立てに際し、空気圧縮機を使って空気を充填する作業について、事業者に次の措置を求めています。

  • タイヤの種類に応じて空気圧を適正に調節させること
  • 安全囲いなど、破裂したタイヤ等の飛来を防止する器具を使用させること

そして、作業者自身にも、適正な圧力調整と飛来防止器具の使用が義務付けられています。

ここで重要なのは、特別教育と安全設備は、どちらか一方でよいものではないということです。

教育を受けた作業者であっても、安全囲いなどを使わずに作業すれば、重大事故の危険があります。

逆に、安全囲いを購入していても、作業者が正しい組み付け方法や異常時の対応を知らなければ不十分です。

また、タイヤの種類や構造によって適切な防護器具は異なります。安全バーなどを使用する場合も、メーカーが認める構造・方法で確実に使用しなければなりません。

6. チューブレスタイヤなら安全なのか

今回の死亡事故は、サイドリング付きホイールで発生しました。

現在はチューブレスタイヤやワンピースホイールを使用するトラックも多く、同じ構造のタイヤを扱っていない会社もあるでしょう。

しかし、だからといって空気充填の危険がなくなるわけではありません。

タイヤやホイールの損傷、不適切な組み合わせ、組み付け不良、過充填などによって、破裂や部品の飛散が起こる危険があります。

特に注意したいのは、外観だけで安全と判断してしまうことです。

タイヤの劣化や損傷、ホイールの腐食、ひび割れなどは、作業前に適切に確認する必要があります。

タイヤの構造が変わっても、高圧空気を扱う作業であることは変わりません。

7. 運送会社が冬用タイヤ交換前に確認したい5項目

自社でタイヤの組み換えや空気充填を行っている会社は、冬用タイヤへの交換を始める前に、次の点を確認しておきたいところです。

① 誰が、どこまでの作業をしているか

まず、タイヤ交換の実態を把握することです。

ホイール付きタイヤの脱着だけを行っているのか。それとも、タイヤをホイールから外して組み換え、コンプレッサーで空気を充填するところまで行っているのか。

この違いによって、必要な設備や教育の確認事項が変わります。

② 特別教育の対象者を確認する

タイヤの組み立てに伴う空気充填を担当する従業員について、必要な特別教育が実施されているか確認してください。

受講したことがあるという口頭確認だけではなく、教育記録も整理しておく必要があります。

③ 飛来防止器具と圧力調整装置を確認する

安全囲いなどの飛来防止器具があるか。

コンプレッサーの圧力を適正に調整できるか。

そして、それらを実際の作業で使っているか。

設備を所有していることと、適切に運用していることは別です。

④ 異常時に作業を止める手順があるか

今回の事故では、「リングが合わない」という言葉が出た数秒後に死亡事故が発生しました。

組み付けに異常を感じた場合は、空気の供給を停止し、安全を確保したうえで、メーカー等が定める手順に従って点検・対処する必要があります。

不用意に顔を近づけたり、圧力がかかった状態で部品を触ったりしてはいけません。

「少しおかしいけれど、もう少しやってみよう」という判断をさせないことが重要です。

⑤ 自社作業を続ける必要があるか

ここは経営者が判断すべき部分です。

自社で安全に作業できる設備、教育、技術、管理体制を整えることが難しいのであれば、タイヤ専門店やディーラーへ外注する選択肢もあります。

すべての整備作業を自社で行う必要はありません。

安全に実施できる作業と、専門業者に任せるべき作業を区別することも、適切な車両管理だと思います。

8. 安全管理は「作業者任せ」にしない

この事故を読んで、もう一つ考えたいことがあります。

それは、作業者個人の注意だけで事故を防ごうとしていないか、ということです。

タイヤの組み付けを確認する。安全囲いを使用する。空気圧を適切に調整する。異常があれば作業を止める。

これらは作業者が守るべきことですが、その前提となる教育や設備、作業手順を整えるのは会社の役割です。

運送会社では、どうしても日々の運行を優先しがちです。

翌日の配車が決まっている。交換するタイヤが何本もある。予約していた車両が戻ってこない。

そうした状況では、整備作業にも時間的な余裕がなくなることがあります。

だからこそ、作業者の経験や判断だけに頼らず、安全に作業できる体制を会社として整えておく必要があります。

今回の事故で亡くなったのは、日々トラックを運転していた運転手です。

交通事故でも荷役事故でもなく、会社の作業場で行っていたタイヤ交換中に命を落としています。

運送会社の安全管理は、公道を走っている時間だけの問題ではありません。

車庫での整備、荷台での作業、荷物の積み卸しなど、運行の前後にも重大な危険があります。

まとめ|「いつもやっている作業」ほど、もう一度確認したい

スタッドレスタイヤへの交換は、毎年繰り返す作業です。

だからこそ、慣れが生まれます。

しかし、今回の死亡事故は、日常的な整備作業の中でも、一つの異常が取り返しのつかない結果につながることを示しています。

タイヤの空気充填には、特別教育や安全設備に関する法令上の決まりがあります。

自社で作業を行っている運送会社は、作業内容、教育の実施状況、安全囲いなどの設備、異常時の対応手順を改めて確認してみてください。

そして、必要な安全体制を整えることが難しいのであれば、外注するという判断も大切です。

工賃を節約できたとしても、従業員が命を落としてしまっては何の意味もありません。

冬用タイヤへの交換が本格化するこの時期、まずは自社のタイヤ整備体制を見直しておきたいところです。


参考資料

日本自動車タイヤ協会「自動車用タイヤの整備基準」

厚生労働省「職場のあんぜんサイト」労働災害事例No.696

厚生労働省「労働安全衛生規則」第328条の2

厚生労働省「安全衛生特別教育規程」第20条

この記事を書いた行政書士

岩本 哲也

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