全国の運送業経営者・運行管理者の皆様、本日もお疲れ様です。
運送会社を長く経営していると、ドライバーの「ちょっとした変化」に気づくことがあります。
- 以前なら普通にできていた仕事でミスをする
- 同じことを何度も聞いてくる
- 指示した内容をすぐに忘れる
- よく知っているはずの道を間違える
- 車両を擦ったり、ぶつけたりすることが急に増える
- 荷物や道具の管理ができなくなる
- 会話の受け答えがどこか噛み合わない
一つだけなら、「誰にでもうっかりはある」「たまたま疲れているのかな」と思うかもしれません。 しかし、こうした異変がいくつも重なってきたとき、会社としては絶対に警戒しなければなりません。
私は実際に、こうした変化を見せるドライバーを現場で経験しました。 そして最近、知り合いの運送会社でも全く同じようなケースがありました。
今回は、一般論や医学的な解説ではなく、あくまで私自身が運送会社の現場で実際に経験したこととして、その怖さと現実的な対処法をお話しします。
1. 最初は「ちょっとしたミス」から始まった
最初から誰の目にも明らかにおかしいわけではありませんでした。
以前なら間違えなかった段取りを間違える。同じ質問を繰り返す。指示した内容を忘れる。車両をあちこち擦る。荷物や道具の管理が雑になる。
こうした小さなミスが、一つ、また一つと増えていきました。
この段階では、本人の能力の問題なのか、単なる疲労なのか、年齢によるものなのか、あるいは別の原因があるのか、会社側から判断することはできません。 ただ、毎日顔を合わせている中で、「以前のあの人とは明らかに違う」という強い違和感がありました。
2. 一番怖かったのは「日によって状態が違う」こと
今回の経験で対応を非常に難しくさせたのは、「症状が常に出ているわけではなかった」という点です。
日によって状態が全く違います。
- 普通にスムーズに会話ができ、仕事のコミュニケーションも何ら問題ない日がある。
- ところが別の日になると、同じことを何度も聞き返し、指示をすっかり忘れてしまう。
まるで状態の良い日と悪い日をランダムに繰り返しているように見えました。 そのため、たまたま調子の良い日に接した他のスタッフや荷主からすると、「え?普通じゃないですか?」となってしまいます。ここが周囲の判断を迷わせる非常に厄介な部分でした。
自分のお金のことになると、急にはっきりする
さらに周囲を迷わせたのが、「自分のお金に関することになると、意識が非常にしっかりしている」ことでした。
仕事上の指示や手順は忘れてしまうのに、給与や経費などお金の話になると極めて正確に受け答えができるのです。そのため、「本当に仕事ができない状態なのか?単なるサボりや手抜きではないか?」と周囲が疑ってしまい、事態の把握を遅らせる要因になりました。
しかし、問題の本質はそこではありません。 「日常会話やお金の計算ができること」と、「大型トラックを安全に運転できること」は全くの別問題なのです。
3. 「現場の近くまで来ているのに、たどり着けない」恐怖
現場で最も背筋が凍ったのは、目的地周辺まで運転してきているにもかかわらず、そこから現場に到達できなくなったケースです。
現場のすぐ近くまでは走ってきている。 ところが、そこから先が分からない。自分がどこにいるのか分からなくなり、本人がパニック状態に陥ってしまうのです。
これは会社側からすると非常に恐ろしい事態です。
大型トラックは普通乗用車とは違います。車体が大きく、何十トンもの重量があります。一瞬の判断ミスやパニックが、本人だけの問題では済まない大惨事・死亡事故に直結します。
「まだ大きな事故を起こしていないから大丈夫だろう」とは到底思えませんでした。 むしろ、小さな接触や道間違いが増えている段階で、「確実に何かが狂い始めている」と捉えるべきです。
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4. 病院で診てもらえば、それで解決なのか?
ここも実際に経験して非常に悩んだポイントです。
私の会社では、本人と話し合って医療機関で認知症に関する専門的な診察・検査を受けてもらいました。 しかし、医師から出された診断結果は「問題なし(認知症の診断はつかない)」というものでした。
もちろん、医師の医学的診断を会社が否定するわけではありません。会社には医学的な判断を下す資格はありません。
しかし、現場で毎日ドライバーを見ていると、「病院では異常なしと言われた。でも、現場では以前と明らかに違って危ない」という現実が厳然として存在します。
だからこそ、医療機関の診断書だけに頼り切るのではなく、日々の現場で起きている具体的なミスや変化そのものを「安全管理上の重要データ」として捉える必要があります。
5. 「認知症かどうか」を会社が診断する必要はない
ここは経営者や運行管理者が明確にしておくべき重要なポイントです。
会社が「この人は認知症だ」と病名を診断する必要はありませんし、そんなことは不可能です。
会社が見るべきなのは、ただ一点です。
「このドライバーに、現在の業務(大型トラックの運行)を安全に任せられる状態なのか?」
- 小さな接触や物損事故が増えた
- 知っている道を間違えるようになった
- 指示を忘れることが増え、同じ質問を繰り返す
- 荷物や道具の管理ができなくなった
- 以前普通にできていた業務ができなくなった
こうした現場の客観的事実が複数重なっているなら、病名の有無にかかわらず「安全運行に重大な支障が出ている」と判断し、安全管理の観点から即座に対応を検討しなければなりません。
6. 適性診断やエイジフレンドリー指針など「客観的な材料」を使う
会社が感覚や感情だけで「危ないからもう乗るな」と一方的に乗務を奪うのは、本人の生活や尊厳を傷つけ、労務トラブルの原因になります。 公的な制度や客観的な材料を使って、本人と一緒に現実を見つめ直す場を作ることが大切です。
① 国土交通省の「適性診断(適齢診断)」
貨物自動車運送事業では、65歳以上の運転者に対して3年以内ごとの「適齢診断」受診が法令で義務付けられています。 加齢に伴う動体視力や反応速度、注意力配分の変化を数値化した診断表を単なる「義務の消化」で終わらせず、「客観的な現在地」として本人と一緒に確認する材料にします。
② 厚生労働省の「エイジフレンドリーガイドライン」
厚生労働省の高年齢労働者の安全衛生対策では、体力や健康状況を客観的に把握し、その状態に適した作業へ見直していくアプローチが示されています。
これらをもとに、以下のような現実的な選択肢を本人・家族と誠実に話し合っていきます。
- 大型車から中型・小型車への車種変更
- 長距離運行から、時間指定や荷役負担の少ない地場・固定ルートへの変更
- 構内作業、点呼補助、軽作業への配置転換
まとめ:「運転できる」と「安全に仕事を任せられる」は違う
車を動かすだけなら、運転席に座ってハンドルを握り、アクセルを踏めば動くかもしれません。
しかし、プロのトラックドライバーに求められるのは、単に「車を動かせること」ではありません。
- 目的地とルートを正確に把握する
- 指示を覚えて的確に実行する
- 周囲の死角や危険を常に予測する
- 何十トンもの車両の挙動をコントロールする
- 異常事態に冷静に対処する
これらを毎日、安定してこなせて初めて「安全に仕事を任せられる」状態と言えます。
運送会社の安全管理は、大事故が起きてからでは取り返しがつきません。
「以前と比べて明らかに様子が変わった」という現場の小さなサインを決して見逃さないこと。そして「病院で問題ないと言われたから」「今日は調子が良さそうだから」と問題を先送りにしないこと。
「最近、何かおかしいな」と感じたその瞬間こそが、会社とドライバー自身、そして被害者を出さないための防波堤を築く最初の一歩です。
(※注: 本記事は筆者が運送現場で経験した事例をもとにした安全管理の解説であり、特定の症状から認知症等の疾病を医学的に診断するものではありません。乗務継続の可否については、医師等の専門家への相談や法令に基づく適性診断等を総合的に勘案して判断してください。)
この記事を書いた行政書士
岩本 哲也
運送業の現場と経営に27年間携わる現役の行政書士。
運送会社で配車・営業・運賃交渉・ドライバー管理・安全管理などに携わりながら、現在は行政書士として運送業を中心に情報発信を行っています。
実際の運送会社経営で経験してきた失敗や課題、現場で起きているリアルな問題を、法律と実務の両面から分かりやすく解説しています。
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