運送会社の運賃交渉で年間売上が約500万円増加。それでも「成功」とはまだ言えない理由
運送会社にとって、運賃交渉は避けて通れない経営課題になっています。
燃料費、人件費、車両価格、タイヤ代、修繕費など、運送会社を取り巻くコストは上昇しています。しかし、原価が上がったからといって、黙って待っていれば荷主から運賃を上げてもらえるとは限りません。
当社でも、実際に得意先との運賃交渉を行ってきました。そのうち、ある得意先との取引では年間売上が約5,000万円ありました。
原価の上昇などを踏まえて運賃の見直しを行った結果、年間売上は約10%増加しました。単純計算すると、年間約500万円の売上増です。
ただし、私はこれを「運賃交渉で500万円儲かった」という成功談として紹介するつもりはありません。運賃交渉は、それほど単純なものではないからです。
約500万円の売上増=約500万円の利益増ではない
まず明確にしておきたいのは、約500万円の売上増が、そのまま500万円の利益増ではないということです。
今回の運賃見直しには、燃料費、人件費、車両費など、これまで上昇してきた原価を運賃へ反映した部分も含まれています。詳細な原価や利益額については公表しませんが、約500万円がそのまま利益として残ったわけではありません。
しかし、私は「上がった原価を転嫁できれば、それでいい」とも考えていません。
原価上昇分を運賃に反映するのは当然。そのうえで、会社を継続していくために必要な利益もしっかり確保する。
これが重要だと考えています。
利益がなければ、ドライバーの賃上げもできません。高騰しているトラックを更新することもできませんし、安全設備への投資や将来に向けた人材採用・教育も難しくなります。
目の前の運行を続けられるだけではなく、数年先も会社を継続できる運賃でなければならないと思っています。
実際、国土交通省の「標準的な運賃」も、法令を遵守しながらトラック運送事業を持続的に行うための参考となる運賃として設けられています。
黙って待っていても、運賃はなかなか上がらない
原価が上がれば、自動的に運賃も上がる。そうであれば、運送会社がこれほど運賃交渉に悩むこともないでしょう。
現実には、こちらから何も言わなければ、従来の運賃のまま取引が続くことがほとんどです。
だからこそ運送会社側が、**「なぜ運賃の見直しが必要なのか」「自社はいくらの運賃が必要なのか」**を整理したうえで、荷主と話し合う必要があります。
ここで大切なのは、単に「○%値上げしてください」とお願いすることではないと思っています。自社の原価はいくらなのか。そこにどれだけの利益が必要なのか。その根拠を整理したうえで、必要な運賃について協議する。
運賃交渉というより、本来は「運賃協議」と考えた方が実態に近いのかもしれません。
私自身、運送会社で実際に運賃交渉をしてきた経験から、運賃協議では「いくら上げてもらうか」だけでなく、自社の原価と必要な利益を把握し、それを荷主に説明できる資料として整理しておくことが重要だと考えています。
当事務所では、原価計算、運賃表、価格・コストの根拠資料、運送契約書までを一つの流れとして整える「適正運賃・取引条件見直し支援」を行っています。
「値上げしたら仕事を減らされるのではないか」という不安
一方で、運賃交渉には怖さもあります。
ネット上でも、「運賃の値上げには応じてもらえたが、その後仕事が減った」「徐々に他の運送会社へ仕事を回されるようになった」といった経験談を目にすることがあります。
私は、これは十分に起こり得る現実だと思っています。
荷主にも経営があります。運賃が上がれば、輸送方法を見直したり、発注先を変更したり、複数の運送会社への仕事の配分を変えたりする可能性はあります。
特に一社への売上依存度が高い運送会社ほど、「値上げを言って仕事を減らされたらどうしよう」という不安は大きいでしょう。私自身も運送会社の営業や配車に携わっていますので、この怖さはよく分かります。
それでも、何も言わずにいることが安全とは限らない
では、仕事を減らされる可能性があるなら、運賃交渉をしない方が安全なのでしょうか。私はそうは考えていません。
燃料費、人件費、トラックの価格、修繕費やタイヤ代が上がっているのに、運賃だけが何年も変わらなければ、その差額はすべて運送会社が負担することになります。
1回の運行では数千円の違いかもしれません。しかし、それが何台ものトラックで毎日積み重なり、1年、2年、3年と続けば、会社の収益力は確実に削られていきます。
売上はある。トラックも毎日動いている。ドライバーも忙しい。それなのに、なぜか会社にお金が残らない。
そんな状態になってから運賃を見直そうとしても、そのときにはすでに会社の体力が落ちているかもしれません。
取引が減ることを恐れて運賃について何も言わず、気づかないうちに会社の体力がじわじわ落ちていく。私は、こちらの方が怖いと考えています。
運賃交渉は「値上げできたら成功」ではない
そして、ここは特に重要な点です。
希望する運賃への見直しができたからといって、その時点で「運賃交渉は成功した」と判断するのは早いと思っています。見るべきなのは、その後です。
取引量は変わっていないか。以前より仕事が減っていないか。仕事の内容に変化はないか。他社へ流れている仕事はないか。そして、売上だけではなく利益はどう変化したのか。
運賃を見直した後ほど、こうした数字や得意先の動きを注意して見る必要があります。仮に運賃が10%上がったとしても、仕事量が大きく減れば、会社全体として本当にプラスだったのかを改めて検証しなければなりません。
運賃交渉は、交渉が成立した日がゴールではありません。
むしろ、その後の取引を観察するところまで含めて運賃交渉だと私は考えています。
一社への依存度を下げることも、運賃交渉の準備になる
そこで同時に進めたいのが、新規顧客の開拓です。
特定の荷主に売上の大部分を依存していれば、「この仕事がなくなったら会社が成り立たない」という状態になります。そうなれば、必要な運賃だと分かっていても、交渉すること自体が怖くなります。
だからこそ、運賃交渉だけを考えるのではなく、新しい得意先を開拓する、既存顧客との関係を深める、自社の得意分野をさらに強化する、他社では対応しにくい仕事に対応できる体制を作る。こうした取り組みも同時に必要になります。
価格だけで選ばれる運送会社ではなく、「この仕事なら、この運送会社に頼みたい」と思ってもらえる強みを作ることです。
これは、強気で値上げを要求するためではありません。必要な運賃について、荷主ときちんと話し合える会社になるためです。
運賃交渉と新規顧客開拓、自社の強みづくりは、別々の経営課題ではないと私は考えています。
運送契約書にも「次の運賃協議」の仕組みを入れている
一度運賃を改定して終わりにはしていません。
私が作る運送契約書には、運賃・料金などの見直しについて協議する事項を盛り込み、原価や経営環境に変化があった場合には、改めて得意先と話し合えるようにしています。
毎回「申し訳ありませんが、運賃を上げていただけないでしょうか」とゼロから切り出すのではありません。あらかじめ契約の中に協議する仕組みを作っておけば、「今年も原価や取引条件を確認しましょう」と話を始めやすくなります。
一度大幅に値上げして、その後何年間も放置する。そして限界になったら、また大幅な値上げをお願いする。
それよりも、荷主と運送会社が必要に応じて継続的に運賃・料金や取引条件を話し合える関係を作る方が、双方にとって健全ではないでしょうか。
私は、運賃表を見直すことだけではなく、次回以降も話し合える仕組みを契約として整えておくことまで含めて、取引条件の見直しだと考えています。
運賃を「話し合う」環境は、制度面でも整備されてきている
運送業を取り巻く制度も大きく変わっています。
2026年1月に施行された取適法では、対象となる取引について、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、委託事業者が協議に応じなかったり、必要な説明を行わなかったりして一方的に価格を決定する行為が禁止されています。また、発荷主から運送事業者へ直接委託する「特定運送委託」も取適法の対象に追加されました。
さらに貨物自動車運送事業法でも、2025年4月から運送契約締結時の書面交付が義務化され、運送サービスの内容やその対価を明確にする方向へ制度が動いています。
もちろん、法律が変わったからといって、自動的に自社の運賃が上がるわけではありません。しかし、運賃や料金について荷主ときちんと話し合い、取引条件を書面で明確にすることの重要性は、以前より確実に高まっています。
だからこそ、制度だけに頼るのではなく、運送会社自身が原価と必要な利益を把握し、具体的な数字を持って協議できる準備をしておく必要があります。
運賃交渉は、会社の経営そのものを見直す機会になる
運賃交渉というと、「荷主に何%値上げをお願いするか」という話になりがちです。しかし、実際にはもっと広い経営課題だと思っています。
自社の原価はいくらなのか。その仕事で利益はいくら残っているのか。会社を継続するために、どれだけの利益が必要なのか。特定の荷主に依存しすぎていないか。自社にはどんな強みがあるのか。もし仕事が減ったとき、新しい仕事を獲得できるのか。そして、来年また原価が変わったとき、得意先と話し合える契約になっているのか。
ここまで考えて初めて、運賃交渉は単なる「値上げのお願い」ではなく、経営の話になります。
当社のある得意先では、運賃の見直しによって年間約5,000万円だった売上が約10%増えました。しかし、私はそれだけを見て「成功した」と考えているわけではありません。
今後の取引量と利益を確認する。新しい得意先を開拓する。自社の強みをさらに磨く。そして、翌年以降も必要に応じて運賃・料金を話し合える関係を作る。
運賃交渉は一度やって終わりではありません。
原価上昇分を適切に反映し、必要な利益を確保しながら、会社を継続できる取引を作っていく。
私は、そこまで含めて運賃・取引条件を見直すことが重要だと考えています。
この記事を書いた行政書士
岩本 哲也
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