自動車運送事業を営む皆様にとって、万が一の事故が発生した場合の「行政への報告義務」は重要な法令遵守事項です。どの程度の事故が行政報告の対象となるのか、その**「境界線」**を正しく理解していなければ、知らぬ間に法令違反を犯してしまうリスクがあります。 本記事では、「自動車事故報告規則」(昭和26年運輸省令第104号)に基づき、報告義務の対象となる事故の範囲と、提出すべき報告書の種類について、行政書士の視点から解説します。

※「自動車事故報告規則」は昭和26年12月20日運輸省令第104号として制定された、かなり古い省令ですよね。

しかし、この規則は現在も有効であり、最新のものが適用されています。古い省令番号や制定年が残っているのは、法律や省令が制定時に番号を持つものの、その後も必要に応じて内容が改正され続けるためです。

この規則に関する情報によると、「自動車事故報告規則(昭和26年12月20日運輸省令第104号 最終改正:平成21年11月20日)」平成21年11月20日に改正行われていることが確認できます。

したがって、この規則は古い省令をベースとしつつも、直近の法改正が反映されたものが最新として機能しています。


1. 自動車事故報告書とは?そして提出義務者

自動車事故報告書は、特定の重大な事故が発生した際に、その原因究明と再発防止対策のために国土交通大臣に提出が義務付けられている書類です。

報告書の提出義務者(事業者等)

報告書を提出する義務がある「事業者等」は以下の通りです。

  • 旅客自動車運送事業者
  • 貨物自動車運送事業者(貨物軽自動車運送事業者を除く)
  • 特定第二種貨物利用運送事業者
  • 自家用有償旅客運送者
  • 道路運送車両法に基づき整備管理者を選任しなければならない自家用自動車の使用者

ただし、自家用自動車であっても、軽自動車、小型特殊自動車、二輪の小型自動車に係る事故については、この報告義務は適用されません。


2. 「報告すべき重大事故」の境界線(報告対象となる15の事故類型)

自動車事故報告規則第2条は、報告が必要となる「事故」を具体的に定めています。これこそが、報告義務の有無を分ける**「境界線」**です。 報告義務が生じるのは、以下のいずれかに該当する事故が発生した場合です。

発生状況・規模に関する事故

  1. 自動車が転覆し、転落し、火災(積載物品の火災を含む)を起こし、又は鉄道車両(軌道車両を含む)と衝突し、若しくは接触したもの。
    • 補足: 転覆とは、道路上において自動車が35度以上傾斜した場合を指します。転落とは、道路外への転落で落差が0.5m以上の場合を指します。
  2. 10台以上の自動車の衝突又は接触を生じたもの。
  3. 死者又は重傷者を生じたもの。
    • 注: 重傷者とは、自動車損害賠償保障法施行令第5条第2号又は第3号に掲げる傷害を受けた者をいいます。具体的には、14日以上病院に入院することを要する傷害で、医師の治療を要する期間が30日以上のものなどが含まれます。
  4. 10人以上の負傷者を生じたもの。
  5. 自動車に積載されたコンテナが落下したもの。

積載物品に関する事故 6. 自動車に積載された特定の危険物(消防法上の危険物、火薬類、高圧ガス、核燃料物質、放射性同位元素、毒物・劇物、可燃物)の全部又は一部が飛散し、又は漏えいしたもの。 * これらの飛散・漏えいは、自動車が転覆、転落、火災を起こし、又は鉄道車両、自動車その他の物件と衝突、接触したことにより生じたものに限られます。

運転行為・健康状態に関する事故 7. 酒気帯び運転、無免許運転、大型自動車等無資格運転、又は麻薬等運転を伴うもの。 8. 運転者の疾病により、事業用自動車の運転を継続することができなくなったもの。 9. 救護義務違反があったもの。

車両の故障に関する事故 10. 自動車の装置の故障により、自動車が運行できなくなったもの。 11. 車輪の脱落、被牽引自動車の分離を生じたもの(故障によるものに限る)。

社会的影響に関する事故 12. 橋脚、架線その他の鉄道施設を損傷し、3時間以上本線において鉄道車両の運転を休止させたもの。 13. 高速自動車国道又は自動車専用道路において、3時間以上自動車の通行を禁止させたもの。

その他 14. その他、事故の発生防止を図るために国土交通大臣が特に必要と認めて報告を指示したもの。


3. 報告の期限と提出方法

重大事故が発生した場合、報告には「速報」と「自動車事故報告書(本報告)」の2種類があります。

1. 自動車事故報告書(本報告)

  • 提出期限: 事故があった日(救護義務違反や大臣指示の事故の場合は、それを知った日や指示があった日)から30日以内
  • 提出部数: 3通。
  • 提出先: 当該自動車の使用の本拠の位置を管轄する運輸監理部長又は運輸支局長を経由して、国土交通大臣に提出します。

2. 速報(緊急報告) 特に重大な事故については、本報告とは別に速やかな報告が求められます。

  • 提出期限: 24時間以内においてできる限り速やかに。
  • 提出方法: 電話、ファクシミリ装置その他適当な方法。

Q&Aコーナー:報告義務の「なぜ?」と「どうする?」

Q1. 報告義務を果たすことで、事業者にはどのようなメリットがあるのでしょうか? A1. 報告制度は、単に罰則を避けるためのものではありません。事故原因を深く分析し、再発防止対策を講じることで、今後の安全運行(運輸安全マネジメント)につなげることができます。

Q2. 軽度の人身事故(軽傷者1名、病院入院なし)でも報告は必要ですか? A2. 本規則に基づく事故報告書の提出義務は原則として生じません。しかし、運送事業者は別途、事故に関する事項(概要、原因、再発防止策等)を記録し、3年間保存する義務があります。

Q3. 事故報告書に記載すべき主な内容は何ですか? A3. 発生日時・場所、事故の状況、被害状況、原因、再発防止対策などを詳細に記載します。 【実体験より】 事故報告書は、事故の当事者や相手方の保険会社へのヒアリングが欠かせません。かなり詳細な事項を正確に記入しないと、運輸支局から差し戻されることもありますので注意が必要です。

Q4. 報告書の作成が難しい場合、どこに相談すればよいですか? A4. 専門家である行政書士にご依頼いただくのが確実ですが、ご自身で対応される場合は、所属のトラック協会や管轄の運輸支局の担当者に相談してみてください。以前、運輸支局の担当官に直接伺ったことがありますが、非常に親切に教えていただけます。 ちなみに、その担当官によれば、テレビや新聞で報道されるような大きな事故は常にチェックしており、該当する事業者からきちんと報告書が提出されるかを確認しているそうです。報告義務の重要性を再認識させられます。


【注意喚起】意外と知らない?見落としがちな報告対象ケース

「事故報告」と聞くと衝突事故をイメージしがちですが、以下のような「車両単独」のケースも報告義務の対象となるため、特に注意が必要です。

  1. 故障によるレッカー移動 衝突していなくても、エンジンやブレーキ等の**「装置の故障」**により自走不能になった場合は報告対象です(第2条第10号)。単なるガス欠や軽微な修理で動く場合は除きますが、「故障で運行できなくなった」という事実が境界線となります。
  2. わずかな転覆・転落 車両が**35度以上傾く「転覆」や、道路外に0.5m以上落ちる「転落」**も報告対象です(第2条第1号)。見た目の損傷が少なくても、この定義に該当すれば報告義務が生じます。
  3. 積荷のコンテナ落下 走行中にコンテナが落下した場合も、それによって人や物に被害が出ていなくても報告対象となります(第2条第5号)。

まとめ

自動車運送事業における事故報告は、法令により明確にその境界線が定められています。特に「死者または重傷者」、「10人以上の負傷者」、「特定の車両トラブル(故障、脱落)」、「飲酒・疾病など運転者起因の違反」は報告義務の対象です。 法令の要求する期限(30日以内、速報は24時間以内)を守り、正確な事故報告を行うことは、事業の安全管理体制の維持・改善に不可欠です。報告義務の有無、または報告書の作成・提出方法についてご不明な点があれば、専門家である行政書士にご相談ください。

この記事を書いた行政書士

岩本 哲也

運送会社の経営に携わる、現場経験豊富な現役の行政書士。 法律知識と現場感覚を掛け合わせ、「きれいごと」で終わらない、運送業経営者のための実践的なコンサルティングを得意とする。

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