運送業を長年牽引されてきた経営者の皆様へ。
長年の経験から磨かれた「勘」や「肌感覚」。それは、これまで幾度となく会社の危機を救い、ビジネスを正しい方向へと導いてきた、何物にも代えがたい財産のはずです。実際、驚くほど正確にコスト構造を捉え、「この運賃なら利益が出る」と即座に判断できる能力は、一朝一夕で身につくものではありません 。
しかし、もし最近、「思ったより利益が残らない…」「昔と同じ感覚なのに、なぜか資金繰りが苦しい」と感じることが増えてきたとしたら、それはあなたの「勘」がすこし鈍ったからかもしれません。
その「正確だったはずの勘」が、もはや通用しないほど、時代のルールが根本的に変わってしまったのが原因だと私は思います。
その「正確な勘」、アップデートできていますか?
多くの経営者の「どんぶり勘定」は、驚くほど正確でした 。しかし、その感覚が少しずつ時代に追いつかなくなっているのが、2021年以降の現実です 。
「昔はこの運賃で十分やっていけた」という感覚は、もはや危険な幻想になりつつあります 。例えば、以下の問いに、即答できるでしょうか?
「軽油価格が1円上がった時、あなたの会社の1運行あたりの原価は、一体何円上がりますか?」
この問いに「うーん…」と詰まってしまう経営は、穴の空いたバケツで必死に水を運び続けているようなものです 。なぜなら、私たちの見えないところで、コスト構造は激しく変動し続けているからです。
- 高騰を続ける車両価格: 新しいトラックを買うための設備投資は、もはや昔の感覚では通用しません 。これは減価償却費という固定費の増加に直結します 。
- 予測不能な燃料費: 国際情勢に左右され、価格は一貫して高止まりしています 。
- 見えにくい巨大コスト、社会保険料: 「厚生年金保険料率」は固定されていても、「健康保険料率」や給与の上昇で、会社が負担する『総額』は結果的に上がり続けているのです 。
これらの変化は、もはや個人の経験則だけでカバーできる範囲を超えています。そして、この流れを決定的にしたのが、通称「トラック新法」の存在です。
「勘」による経営が「法的リスク」になる時代
2025年に可決された「トラック新法」(改正貨物自動車運送事業法)は、私たち運送事業者に、経営のあり方を根本から見直すことを突きつけました 。
この法律の核心は、**「自社で算出した適正な原価を下回る運賃での契約が、法律で明確に禁止される」**という点にあります 。
これは、もはや「勘」や「どんぶり勘定」で運賃を提示することが、単なる経営判断のミスではなく、**事業の許可更新に関わる「法的リスク」**になったことを意味します 。
これまでのように「国の標準的な運賃を参考に…」という交渉も、いずれは通用しなくなります 。なぜなら、国が最終的に目指しているのは、各事業者が自社の実態を正確に反映した『適正な原価』を算出し、それに基づいて荷主と対等に交渉できる、自立した経営体制だからです 。
その時、唯一の武器となるのが**『客観的根拠に基づいた自社の原価計算書』**なのです 。
経験豊富なベテラン経営者こそ、今すぐ原価計算を
では、何をすればいいのか。答えはシンプルです。 あなたのその素晴らしい「経験と勘」を、客観的な「数字」で裏付ける作業を始めるのです。
難しい会計知識は必要ありません 。まずは、自社のコストを「固定費」と「変動費」に分け、トラック1台が「1km走るのにいくらかかるのか」「1日稼働したらいくらかかるのか」を把握することから始めましょう 。
- 固定費: 減価償却費、保険料、家賃など
- 変動費: 燃料費、タイヤ代、高速料金など
この作業を行うことで、先生の頭の中にあった「肌感覚」が、誰に見せても納得させられる、揺るぎない「データ」という武器に変わります。
まとめ:最高の武器「経験」を、最強の武器「データ」で磨き上げよう
長年の経営で培われた先生の「勘」は、決して無価値になったわけではありません。むしろ、これからの時代を生き抜くための、最高の武器であり続けます。
ただし、その武器は、定期的なメンテナンスとアップデートが必要です。
「トラック新法」時代におけるメンテナンスとは、「原価計算」という新しいツールを使って、ご自身の経験を客観的なデータで磨き上げることに他なりません。
「思ったよりいい運賃で驚いた」と感じた時、それは先生の勘が狂ったのではなく、アップデートを求めているサインです 。その感覚を大切にし、ご自身の経験とデータを両手に持った、最強の経営者として、新たな時代へと踏み出しましょう。
この記事を書いた行政書士
岩本 哲也
運送会社の経営に携わる、現場経験豊富な現役の行政書士。 法律知識と現場感覚を掛け合わせ、「きれいごと」で終わらない、運送業経営者のための実践的なコンサルティングを得意とする。
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