運送業の経営者の皆様。本日もお疲れ様です。

「他社より安くしますので、ぜひウチに!」 「赤字ギリギリですが、なんとかその金額でやらせてもらいます……」

仕事欲しさに、こんな営業トークをしていませんか? あるいは、荷主からの「もっと安くならないか?」という圧力に、涙を飲んで応じていませんか?

はっきり言います。その「安売り」、ただの経営努力ではありません。 **「独占禁止法違反」**という、立派な法律違反になる可能性があります。

これまでは「安く請け負うのは勝手」という風潮がありましたが、令和の今は違います。国(公正取引委員会・国土交通省)は、運送業界の**「著しい原価割れ(ダンピング)」と、それを強いる「荷主の買いたたき」**に対して、かつてないほど厳しい監視の目を光らせています。

今回は、なぜ「安すぎる運賃」が法的にアウトなのか、そして経営者がそのリスクから身を守るために何をすべきか、現場視点で徹底解説します。


「安く売る」ことが罪になる? トラック業界における「不当廉売」

まず、運送会社側が知っておくべきリスクです。 競合他社から仕事を奪うために、採算を度外視したような極端な安値で運賃を提示すること。これは独占禁止法で禁止されている**「不当廉売(ダンピング)」**に該当するおそれがあります

国土交通省と公正取引委員会の資料には、こう明記されています。

「トラック運送事業の運賃料金を不当に低い額、たとえば運送原価を大幅に下回るような運賃料金で、継続して取引し、他のトラック事業者の事業活動を困難にさせることは独占禁止法により禁じられています。」

つまり、「原価計算もせずに、とりあえずライバルより安くして仕事を取る」という行為は、市場の公正な競争を阻害する「違法行為」とみなされるのです。

「ウチみたいな中小企業には関係ない」は大間違いです。もし、あなたの会社の安値攻勢のせいで、近隣の運送会社が仕事にあぶれ、廃業の危機に追い込まれたとしたら? 彼らが公正取引委員会に通報すれば、あなたの会社は調査対象になります。


荷主の罪:「優越的地位の濫用」と「買いたたき」

次に、荷主(元請)側のリスクです。 「この金額じゃなきゃ、次の仕事は任せられないよ」 「燃料が上がってる? そんなの知ったことか」

このように、立場の強さを利用して、運送会社に一方的に低い運賃を押し付ける行為。これは、独占禁止法上の**「優越的地位の濫用」や、下請法違反の「買いたたき」**に該当します

これまでは「嫌なら断ればいい」で済まされてきましたが、今は**「トラックGメン」**が動いています。 運賃・料金の不当な据え置きは、Gメンが監視する「違反原因行為」の代表格です 。実際に、悪質な荷主に対しては「勧告・社名公表」という重いペナルティが課される時代になったのです


「原価割れ」を証明するのは誰か?

ここで重要な問題があります。 「その運賃が安すぎる(原価割れしている)」と、誰がどうやって証明するのでしょうか?

「相場より安い」という感覚論では、法的な議論はできません。 ここで必要になるのが、**「自社の原価計算書」「標準的な運賃」**です

  1. 自社の原価: 「ウチのトラックを1km走らせるには、燃料代、人件費、償却費でこれだけかかります」という明確な数字。
  2. 標準的な運賃: 国土交通省が告示した、「法令遵守して持続的に経営するために必要な運賃」の基準 。

この2つの数字を持っていなければ、荷主に「安すぎる!」と主張することもできませんし、逆に「ダンピングだ!」と疑われた時に「いや、ウチは企業努力でここまでコストを下げているから適正利益が出ています」と反論することもできません。

「原価を知らない」ということは、攻撃の武器も、防御の盾も持たずに戦場に立つことと同じなのです。


経営者が今すぐやるべき「自己防衛策」

a business person calculating costs on a laptop with a calculator nearbyの画像

法的リスクを回避し、適正な利益を確保するために、経営者が取るべき行動は以下の3つです。

  1. 「原価計算」をサボらない もはや義務です。自社の運行ごとの原価を把握してください。「いくらまでなら下げても利益が出るのか」「どこからが赤字(=ダンピングのリスク)」なのか、境界線を明確にしてください 。
  2. 荷主との交渉記録を残す もし荷主から理不尽な値下げ要求(買いたたき)を受けた場合、その内容をメールや議事録で記録してください。「言った言わない」を防ぐため、そして万が一Gメンや公取委に相談する際の証拠になります。
  3. 「法律」を交渉のカードに使う 荷主に対して、「これ以上安くすると、独占禁止法の不当廉売に抵触する恐れがあります」「トラック新法で、適正原価を下回る契約は禁止されています」と伝えてください。 脅すわけではありません。「御社(荷主)をコンプライアンス違反のリスクから守るためにも、適正な運賃で契約させてください」というスタンスで交渉するのです。

まとめ

「安くすれば仕事が取れる」 その古い成功体験は、今すぐ捨ててください。

それは会社の利益を削るだけでなく、「法律違反」という致命的なリスクを招く行為です。

適正な運賃を堂々と請求することは、会社を守り、ドライバーを守り、そして物流業界全体の未来を守る「正義」なのです。 まずは、自社の「本当の原価」を知ることから始めましょう。そこからしか、対等な交渉は始まりません。

この記事を書いた行政書士

岩本 哲也

運送会社の経営に携わる、現場経験豊富な現役の行政書士。 法律知識と現場感覚を掛け合わせ、運送業経営者のための実践的なコンサルティングを得意とする。

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